昭和56年10月16日 秋の御大祭前講 2代



 おめでとうございました。只今親先生の祭主の元に秋の教祖大祭、只今滞りなく奉仕させて頂きました。只今月例がありました、はぁあきつかったと仰るですね、それこそ倒れるごとあったと仰ったけども、皆さんご存じの今親先生糖尿病と言うお病気をお持ちですから、そして夕べ今日とごつとめ頂いておりますので、特にきつくあんなさろうと思います。最近教祖が仰る「氏子信心しておかげを受けてくれよ」と仰る、もしこの教えを頂くならこの胸が引き締まられる様な、実感と言うかいたみをかんじるんですね。
 本当にあのう親先生が例えばそういう大変なお身体の中に、どうぞ氏子信心しておかげをよと言われる様な、血を落とす様な思いで一つ今日皆さんお話を頂いて頂きたい。そこに間違いなく親の思いと言うものが分かって参ります。夕べ1時ちょっと回るような事がありましたので、回っております休まして頂きまして、でちょっとテレビを付けましたらもうそんな時間にテレビがあっておりましてね。
 福岡県の未来を語ると言うこで、まぁ地名氏の方とか政治家の方とか、まぁいわゆる知識人の方とかいうかたの、座談会が有っとりました。そしていよいよいよ福岡県も、潤いのある都市作りをして行かなければ行けない。そのためには緑を多くしていかなければいけない。公害問題をなくして行かなければいけない。いわゆる計画的な都市作りをして行かなければいけないと言う事を、言う事をお話になってるわけですけど。果たして緑を多くしたから本当に潤いの街作りが出来るんだろうか。
 なんでそれにここに親先生を居りなさらんじゃろうかと思うたぐらいに、肝心な事を今の世の中は忘れとる訳ですね。それこそ親先生がよく仰る、本当は東京行きに行かな蚊帳行けないのに、鹿児島の方に向って歩いておるのが今日の世の中のお姿なんです。この頃亡くなりました湯川秀樹ですかあのノーベル賞をもらった、あの方は間違いなく100年以内には核で人類は滅びるといってましたね。また心ある知識人の方は間違いなく100年以内には人類がこのまま行きよったら滅びるんだと。
 馬鹿でも思いますよ人間だったら幸せになりたい、成りたい成りたいと思うて今日のこの姿なんですよ。教祖が仰る言うなら開けると言うけれども、開けたんじゃない開けるんじゃなく却ってめげて言っておるんだと。めげて行っておる姿が今日の姿なんですね。それこそ人類うが人類自分たちで首を絞める様な結果に、今日なっておる訳です。本当に大事なものを忘れとるとうへんば。もうそれこそ言わずもがらな心なんです。
 ところが今までの宗教もいってきたんですね。心が大切なんだとよと。明るく楽しく暮らしましょうと正しい心を持ちましょうと言うて来たけれども。合楽理念で言う心には間違いなく、おかげが伴うんです。今でもそれこそ愛を説き和を説き真を説いて来たんですけど、それにはおかげが伴わない人が助からない、お徳など頂けるはずがない事を説いてきた訳です。それが今日の姿なんですが。
 親先生の仰る今朝の御理解じゃないけれど、本当の本当の事が分かりますと間違いなくそこには、その心にはおかげが着いて来るんです。健康が着いて来る財が着いて来る。それこそ有り難いせか愛がその心には、ついてこなければならない様になっておるんだとこう仰る訳です。さぁそれじゃその心はどうしたら、そういう有り難い事になって行けるかと言う事になりますと。
 その思いで一つ親先生のお話を聞いて頂くと、どう言う風にしたら心を大切にする事になるのかと、いう思いで親先生のここのお話を聞いて頂きますと、それこそ親先生の話が染み入る様に分る筈なんです。それこそ親のそういう切なる思いを、それこそ大変な中から親先生のお話を只今から頂く訳ですけれども。氏子信心しておかげを受けてくれよと、信心する人の真の信心なき事と言う、それこそ神様の痛みの声を聴きながら、一つ今日のところを頂かさせて頂きたいと思います。